経済協力開発機構(OECD)が14日発表した「図表で見る教育」(2004年版)によると、教育機関への財政支出で日本がトルコと並んで加盟30カ国最低との結果が明らかになった。高等教育の現場で女子学生や留学生が際だって少ない実態も浮き彫りとなった。
取り立てて驚くほどのこともない。余丁町散人氏も「Letter from Yochomachi」のエントリで以下のように指摘している。
日本では親に教育費の負担が行っているということ。これはGDPデフレーターにも表れない数字だが、国民生活をかなり圧迫する要因となっていると見る。日本の一人あたりGDPが大きいとかいって日本は豊かだなんて喜んでいる人はミスリードされているね。
このことに関して、知っておいて欲しいことがある。
「世界人権宣言」(リンク先は外務省による仮訳文)を具体化するものとして採択された「国際人権規約」のうち、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(もうひとつは「市民的及び政治的権利に関する国際規約」:リンク先はともに松山大学の田村教授によるもの、「Next」リンクを何回もたどる外務省のサイトより読みやすい)という規約がある。この第13条には、「教育についての権利」として、以下のように書かれている。
1 この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は、教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更に、締約国は、教育が、すべての者に対し、自由な社会に効果的に参加すること、諸国民の間及び人種的、種族的又は宗教的集団の間の理解、寛容及び友好を促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを可能にすべきことに同意する。
2 この規約の締約国は、1の権利の完全な実現を達成するため、次のことを認める。
(a) 初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとすること。
(b) 種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること。
(c) 高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。
(d) 基礎教育は、初等教育を受けなかった者又はその全課程を修了しなかった者のため、できる限り奨励され又は強化されること。
(e) すべての段階にわたる学校制度の発展を極的に追求し、適当な奨学金制度を設立し及び教育職員の物質的条件を不断に改善すること。
3 この規約の締約国は、父母及ぴ場合により法定保護者が、公の機関によって設置される学校以外の学校であって国によって定められ又は承認される最低限度の教育上の基準に適合するものを児童のために選択する自由並びに自己の信念に従って児童の宗教的及ぴ道徳的教育を確保する自由を有することを尊重することを約束する。
4 この条のいかなる規定も、個人及び団体が教育機関を設置し及び管理する自由を妨げるものと解してはならない。ただし、常に、1に定める原則が遵守されること及び当該教育機関において行われる教育が国によって定められる最低限度の基準に適合することを条件とする。
2 この規約の締約国は、1の権利の完全な実現を達成するため、次のことを認める。
(a) 初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとすること。
(b) 種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること。
(c) 高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。
(d) 基礎教育は、初等教育を受けなかった者又はその全課程を修了しなかった者のため、できる限り奨励され又は強化されること。
(e) すべての段階にわたる学校制度の発展を極的に追求し、適当な奨学金制度を設立し及び教育職員の物質的条件を不断に改善すること。
3 この規約の締約国は、父母及ぴ場合により法定保護者が、公の機関によって設置される学校以外の学校であって国によって定められ又は承認される最低限度の教育上の基準に適合するものを児童のために選択する自由並びに自己の信念に従って児童の宗教的及ぴ道徳的教育を確保する自由を有することを尊重することを約束する。
4 この条のいかなる規定も、個人及び団体が教育機関を設置し及び管理する自由を妨げるものと解してはならない。ただし、常に、1に定める原則が遵守されること及び当該教育機関において行われる教育が国によって定められる最低限度の基準に適合することを条件とする。
特に注目すべきは2の(b)(c)の項目である。実は日本政府は、
第13条2(b)及び(c)への留保(筆者註:「留保」とは、規約には総論賛成だが、各論として受け入れられない部分がある、という意思表示)
(1) 我が国においては、義務教育終了後の後期中等教育及び高等教育に係る経費について、非進学者との負担の公平の見地から、当該教育を受ける学生等に対して適正な負担を求めるという方針をとっている。
また、高等教育(大学)において私立学校の占める割合の大きいこともあり、高等教育の無償化の方針を採ることは、困難である。
なお、後期中等教育及び高等教育に係る機会均等の実現については、経済的な理由により修学困難な者に対する奨学金制度、授業料減免措置等の充実を通じて推進している。
(2) したがって、我が国は、社会権規約第13条2(b)及び(c)の規定の適用にあたり、これらの規定にいう「特に、無償教育の漸進的な導入により」に拘束されない権利を留保している。
(1) 我が国においては、義務教育終了後の後期中等教育及び高等教育に係る経費について、非進学者との負担の公平の見地から、当該教育を受ける学生等に対して適正な負担を求めるという方針をとっている。
また、高等教育(大学)において私立学校の占める割合の大きいこともあり、高等教育の無償化の方針を採ることは、困難である。
なお、後期中等教育及び高等教育に係る機会均等の実現については、経済的な理由により修学困難な者に対する奨学金制度、授業料減免措置等の充実を通じて推進している。
(2) したがって、我が国は、社会権規約第13条2(b)及び(c)の規定の適用にあたり、これらの規定にいう「特に、無償教育の漸進的な導入により」に拘束されない権利を留保している。
という理由(ソースは外務省の留保理由等の説明文書)をつけて、「中等教育(高校)以上については、受けられない人もいるのだから、受ける人(=受益者)負担が当然」と開き直っているのである。
当然、これに対して国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」は、その最終見解(リンク先は外務省による仮訳文)として
11 委員会は、締約国の規約第7条(d)、第8条2項、第13条2項(b)及び(c)への留保に関し、委員会が受け取った情報によれば、それらの権利の完全な実現はまだ保障されていないことが示されている一方、締約国が前述の条項で保障された権利をかなりの程度実現しているという理由に基づいて、留保を撤回する意図がないことに特に懸念を表明する。
……
34 委員会は、締約国に対し、規約第7条(d)、第8条2項、並びに第13条2項(b)及び(c)への留保の撤回を検討することを要求する。
(外務省注:第8条について留保しているのは、第2項ではなく第1項(d)である。)
(外務省注:訳文中の「締約国」は、日本を指す。)
……
34 委員会は、締約国に対し、規約第7条(d)、第8条2項、並びに第13条2項(b)及び(c)への留保の撤回を検討することを要求する。
(外務省注:第8条について留保しているのは、第2項ではなく第1項(d)である。)
(外務省注:訳文中の「締約国」は、日本を指す。)
と、批判的な見解を示している。
ちなみに日本政府は、この最終見解に対しても「最終見解に関する締約国の意見」として
パラ34及び48(筆者註:不可欠な業務に従事していない公務員のストライキ権)に関し、我が国の行った留保については、締約国として条約法条約に規定する正当な手続に従って行っているものであるところ、貴委員会がその権限の範囲内において正当な関心を有することは理解し得るが、これらを撤回するか否かは締約国の主体的な判断に委ねられるべきであると考える。
と、「どうするかはわれわれの勝手」的論述を展開しており、まったく改善する気がないのである。
日本の「教育」は、政財界の利害の一致により、「必要最低限度の知識・教養を持ち、かつお上に刃向かわない従順な人材」を育てることを旨としてきた。しかも、「消費社会」において「子ども」は格好の「消費手段」以外の何者でもなく、決して「将来のための投資対象」ではないため、「子どもについての投資」は全面的に親に任されてしまった。そのため、わが国では親が他国に比べて異様に高い教育費の出費を強いられる結果となり、近年では明らかに「教育機会の不均等による階層化社会」が出現している(リンク先は東京新聞特報記事)、と言われている(東京大学合格者の世帯年収平均が1,000万円を超える、というのは有名な話)。
百歩譲って、「中等教育以上を受けるのにふさわしい学力が身に付いていない」者までが「中等教育以上」の場にいることはよろしくない、というのは事実かも知れない。しかし、特に高等教育を受けるにふさわしい学力を持ち、親の経済状態だけを理由に満足に高等教育の場に進めない青年が多数いるとするなら、それは日本にとって「人『財』確保」の面からも大変不幸なことである。しかも、階層化社会の進展は、明らかに国民全体としての活力の減退につながっていく(「『社会階層・意識に関する研究会』報告書」を参照のこと)のである。
「三位一体改革」という名の「地方いじめ」においても、財源移譲の対象の中に「義務教育費」がはいり、これに関して種々の議論がなされていることにも、この国の「エライ人」たちの「教育」に対する考え方が伺える。これでは、「先進国中最低」の評価もきわめて真っ当と言わなければならない。このような「教育=コスト負担」という考え方に支配される社会に明るい未来はあるのか。今回の統計結果を基礎資料として、いますぐまじめに考えないといけない重要課題である。

